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2017年2月21日火曜日

予知夢を見た?第六感や霊感は誰にでもある?




皆さんは予知夢を見たり、見たくないものを見たことがありますか?


目に見えないものの存在を信じますか?



我が家の子供達は結構頻繁に目撃するので、家の中で暗い部屋にいくときには


「一緒にいって。。。」とお願いされる事が良くあります。











先週の日曜日、次女が『怖い夢を見たー」と泣きついてきました。


    ***どんな夢かというと・・・***         


居眠りをしていて目覚めたら


知らない教室にたったひとりで居た。


怖くなって出ようと思ったら、ドアが開かず何かがいる気配も感じて


必死になって叫んでも誰も来てくれなくて・・・


どのくらいの時が経ったのか気が付いたら


どこから入ってきたのか?友達が目の前に現れた。


ほっとしたのも束の間、又ふっと消えてしまった


更に恐怖が増し、父親に電話をして


「迎えに来てー」と頼み、必死にドアを蹴破ると・・・


不思議な事に家の階段の踊り場に出た。


丁度階段を降りて来た父に「どこにいくの?」と聞くと


「Sちゃん(次女)を迎えに行く」と言い行ってしまった


私は目の前にいるのに???



  というSFチックなものです。                






そして、昨日帰宅すると

「この前夢に出てきた教室を見つけたよ。物置きだった」


と言うのです。


朝時間があったので、クラスの友達47人でかくれんぼをしたそうで



今まで入ったこともない教室に友達数人と隠れていたら・・・


ふと、どこかで見たような教室だなーと感じ、見回してみると・・・


夢に出てきた教室にそっくりだったそうです。



友達に「ここ、今まで入ったことあった?」と聞くと


「今日が初めてだよ」との返事で



背すじに冷たいものが走り、急いで出たそうです。





次女はこれまでにも、見たくない物を見ることが何度もありました。


ひとりで見る時もあれば友達と一緒に見たこともあるのです。




中学一年になってすぐの頃、先生から理科の授業で使う教材を運ぶようにと言われ



友達数人と理科室から持ち出そうとした時に、


なぜかそこに白い服を着たおじいさんとおばあさんがいて


「気をつけなさいね」と言われたそうです。



もちろん皆慌てて逃げ出したそうですが・・・


重いものを運んでいたので心は慌てても、身体はすぐに動けなかったようです。



この白い服を着た老人を見るのは初めてではなく、小5、6年生の頃にも何度か目撃しています。



朝登校し教室の鍵を開けて入ったら、「白い服の老人がいた」

という話は何度か聞いたことがありました



怖くて顔を見ていないので同一人物かどうかは分かりませんが・・・



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実は私も20年以上前ですが、予知夢?を見たことがあります。


大切にしていた腕時計を失くしてしまい、どこに行ったのかしら??と

毎日思っていたら・・・


ある時夢で時計がある場所を教えられました。


翌日急いで職場に行き、確認すると・・・


ありました。


そこは前にも探した場所だったのですが、そのときは目に入らなかったようです。





又こんな事もありました。



高校時代に家の近所を歩いている時に、ずっと会いたいと思っていた

友達に会えるかも!


とふと思ったら、本当に友達に会ったのです。



第六感とか言いますが、不思議ですね。





元々の始まりは4歳の時です。


祖母の家へ行く車の中で、姉が年長組に上がる話をしていて、


「新しい先生でアオヤギ先生っていうの」といった瞬間、頭に浮かんだのは・・・


髪の短い痩せた、ちょっと怖そうな先生でした。

今でもその顔を覚えています。


姉と私は年子なので、その年私も同じ保育園に入園しました。


そこで見たアオヤギ先生は、私の頭に浮かんだ先生でした。


そっくりだったので、不思議だなーと子供心に思ったのを覚えています。



息子も長女も結構霊体験があり、こういうのって遺伝するのかしら?


と不思議に感じています。


でもこういうことって大なり小なり誰でも経験があるような気がします。


初めての場所なのに懐かしいとか、見たことがるような気がしたこと、


テストのヤマが当たったとか・・・ありませんか?


2016年12月11日日曜日

死後の世界で再び結婚・・・


死後の世界があるか?ないか?よく論議されることだが、


見えることだけが真実ではないように思う。


私の姉はとても敏感で、霊を見たことが何度もあるようだ。


まだ幼い頃「Mちゃん神様はいるのよ。死んだらどうなると思う?


体は焼かれてなくなるけど、じゃあ心は?どうなる?

焼いてもなくならないのよ。天国に行くんだよ」と私に教えてくれた。


『姉の言う事は、絶対に間違っていない』と思っていたので


すんなりと信じて何十年、そして今に至る。


私は霊感というほどでもないが、直感が当たることがよくあったりする。


「こんなところで会うわけがない」と思うような通りで、


ふと『友達と会うかも』と思ったら本当に会ったので驚いた事が何度かある。


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昭和天皇が崩御された時に、何故か?涙が止まらず困った。


電車の中の広告に「天皇陛下崩御」という文字を見ただけで涙があふれてきた。


『天皇陛下万歳』という時代に育ったわけでもないし、


私が通った小学校は『君が代』も教えてくれないような学校だったので、


先生から『愛国心』を教え込まれたわけでもない。


両親は祭日になると玄関先に『日の丸』の旗を掲揚し、お赤飯を炊いて祝ったが、


愛国心が家族団らんの話題に上った事もなかったと思う。


私の涙は、国のために命を捧げた祖父の涙なのだと思った。


私の心が感じていたのではなく、祖父が感じさせてくれていたのだと思う。


似たようなことを話している方がいた。



50年前に、俳優だったお父さんを撮影中の事故で亡くした

中井貴恵さんが『徹子の部屋』で話されていた。




『母は、事故さえなければ、ということを一度も言わなかったんです。』


(佐田啓二さんは何人か乗っていた中でたった一人命を落とされた)


亡くなる前日にも

 『大好きな自動車で死んだからいいの。誰も連れて行かなかったでしょ』

  と言われて、遺言かと思ったという。


そして葬儀の時に弟の貴一さんが

『母は、一度も恨み言を言わなかったから、僕達も誰かを恨むことも無かった」

という挨拶をしているのを聞いて

   

 何の打ち合わせもしていないのに・・・と、驚いたという。


思わされること、言わされることがあるのだと思う。



わずか6年間という短い結婚生活の後に、貴恵さんのお父さんは亡くなった。


お母さんはまだ36歳だったという。


ひとりで息子・娘を育て上げたお母さんは、


部屋の中に結婚写真を大切に飾り、一度もぶれずに


50年間父を思って生活してきたと、貴恵さんは語る。



『最期に母はどうやって父のところに逝くんだろう。と思っていたんです。

 

 葬儀の時にもう一度結婚式を挙げてあげたいと思いっていた。



 だから祭壇の半分は結婚式として、

 若かりし頃の両親の結婚写真や白い花を飾り 半分を葬儀にしました。



 でも果たしてお互いを認識できるか?母のほうはすぐに分かると思うんです。



 でも父の方はこんなお婆ちゃんが来るはずがないと思うかもしれない。』


「その姿のままじゃなくて、風みたいな感じかもしれないから分かりますよ」


と徹子さんがフォローされていた。



棺の中には

「この人のところに行くんだよ」

 とお父さんの若い頃の写真を入れてあげたそうだ


そして

「母が亡くなって寂しいと言うよりも、安心したと言うか・・・



 母が一番行きたかった場所に送る事ができて、良かったね、

 やっと会えるねと嬉しい気持ちがありました」


 と語る

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実はつい最近、私の周りでも不幸が重なった。




夫の何十年来の友人の息子さんが事故で亡くなり、


知人が3人の幼い娘さんを残して亡くなった。


夫の友人は苦労をしてようやく授かった息子さんを自動車事故で、


一瞬で亡くしてしまったのだ。


彼の心を思うと居たたまれなくなる。


共通の友人も

「悲しすぎるね。時間が必要かな。いろいろな心の整理をするのに・・・」

と言う。


そばにいた人がいなくなるのは本当に辛いことだが、

永遠の国に行ったら又会える。


再び会うときに恥ずかしくないように、生きることが大切なのだと


貴恵さんの話を聞いて思った。


友人の寂しい気持ちを拭い去る事は出来ないと思うが、


いつかこの世の生を全うした時に『先に行って待っている息子さんに会える』


という希望を持って、頑張って生きて欲しい。